租・調・庸

昨晩は、福岡在住の有名漫画家 長谷川法世さんを囲む法世会に参加させていただきました。

法世さんが新聞に連載されているエッセイの解説を食事しながら聞く会です。

皆さんが学ぶ律令国家時代の税金、いや税物「租調庸」の話で、興味深い話でした。

租・はご存知お米ですね。これは、国税でした。しかし、当時の国は、今でいう県みたいなもので、地方税に近いものだったそうです。お米は運ぶのが重いので、地方で消化してしまい、朝廷まで運ぶ必要はなかったそうです。

お話のメインは、「調」でした。豊前の調物は、絹綿でしたが、「博多津」と言われていた博多湾に集められて、朝廷である京都まで船で運ぶのが一般的。調物が運ばれる時期と運搬日数は決まっていて、お隣の国「新羅」の海賊は、それを狙ってよく奪って逃げていたそうです。

当時の海賊の監視役は、皆さんご存知の防人。それを管理しているのは、太宰府。

太宰府の役人は、平安京の貴族から根掘り葉掘り聴取を受けた。太宰府は、その時の内容を防人から聞くと、百姓5、6人が命がけで海賊を追いかけ、戦い、海賊2人を弓で傷を負わせたという事実にたどり着く。しかし太宰府は、そのような立派な百姓の行動を朝廷には報告せず、隠していた。

朝廷に収めるべき調物を失っただけでなく、国の威信を失墜させた大事件。兵は追ったが逃げられて、近くの百姓が勇敢に戦ったのに報告を怠る。怠慢極まりない、と太宰府の役人はだいぶ叱られたとか。

いかがでしょうか?受験用のお勉強では、なかなか掘り下げられない物語ですが、それぞれの事に物語があるのでしょう。年貢を納めるのも一苦労ですね。また、法世さんのお話を聞く機会がありましたら、アップしたいと思います。